偉人に学べ!英語にまつわる都市伝説


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ネイティブレベルの英語力は本当に必要か
ビジネス英語のハードルはどんどん下がっている

出典元:ネイティブレベルの英語力は本当に必要か | 東洋経済ONLINE

ネイティブレベルの英語力は本当に必要!?

英語はグローバルコミュニケーションに欠かせないツールだ。万国共通のツールである以上、英語で話して聞いて読んで書けることが大前提だ。だが、ビジネスの現場で求められる英語力が、以前とは大きく異なっていることを、みなさんご存じだろうか。

私が世界有数のグローバル企業である日本IBMに入社したのは、今から30年前の1984年。中学・高校・大学と授業で英語を勉強してきたが、TOEICの点数は475点。当然、まったく使い物にならず、同じ部にいる米国人の話す内容すら理解できなかった。上司から「まず英語の勉強だ」と厳命され、往復3時間の通勤タイムと休日は、ひたすら英語漬けという生活を2年間送った。同じように英語を学ぶ同僚も多かった。会議では、米国人のネイティブスピーカーが一方的にまくしたてる。こちらが理解しているかどうかはお構いなしだ。彼らは決して意地悪でそうしているわけではない。普段、話すスピードが速すぎて、非ネイティブの日本人にはついていけないのだ。

実は、米国人は、英語以外の言語を知らないことが多い。学校で第二外国語を学んでも、使う機会はほとんどない。どこでも英語が通じてしまうからだ。だから、彼らには外国語でビジネスを行う大変さがわからない。非ネイティブに合わせてゆっくり、わかりやすく話す習慣がないのは、相手の立場を想像できないからだ。入社当初の仕事相手は米国人が多かったので、日本人の社員にもネイティブ並みの英語力が求められた。できない側が合わせるのが当然と考えられていたからだ。だが、留学経験もない日本人が、社会人になってからネイティブレベルの英語力を身に付けるのは骨が折れる。私自身も、最初の頃は米国人が話したり書いたりする英語が、なかなか理解できずに苦労した。

非ネイティブのアジア同士のほうが英語が伝わる

転機が訪れたのは数年後だ。私はアジア各国のIBM社員と仕事をするようになった。彼らとも英語でやり取りするのだが、不思議なことに、米国人を相手にしていたときよりも、ずっとコミュニケーションがしやすいのだ。相手が何を言っているかがよくわかるし、相手の気持ちもよくわかる。こちらの意図もよく伝わる。結果として、仕事もスムーズに回る。お互いに英語ネイティブではないので、そもそも難解な言い回しは使えない。簡単な単語でコミュニケーションをせざるをえない。でも、だからこそ、言っていることがわかるのだ。余計な装飾を取り除いたシンプルなメッセージがストレートに届く。そのほうが、仕事をするときははるかに重要だ。

1989年6月のある日、中国・香港地区の製品責任者だった同僚の部長から受けた電話を、私は忘れられない。その彼とはすでに何度もやり取りして信頼関係を構築していた。つい1カ月ほど前にも、東京出張してきた彼と、製品計画についてかなり突っ込んだ議論をして、対応策をまとめたばかりだった。そして、6月4日、天安門事件が起こった。心配していた私の元に、彼から電話があったのは、事件の数日後のことだ。

「どういう状況になっている?」
「自分の周りでは特に変わったことはない。だが、東京で話し合った対応策はいったん白紙に戻したい。この状況では、マネジャーとして投資判断ができない」

電話は10分ほどだっただろうか。彼は多くを語らなかった。当局による言論統制がどのように行われるかもわからない中で、慎重にならざるをえないのは当然だし、お互いにそのことはわかっていた。だが、彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。1年後、彼は海外に移住した。

グローバル時代の英語「グロービッシュ」

グローバリゼーションが進展し、企業が多国籍の人材を積極的に採用していく中で、米国企業であっても、非ネイティブの割合が増加するのは避けられない。そのため、非ネイティブだからといって「通じない」ではすまされなくなってきた。企業として成果を出すためには、英語が母国語かどうかにかかわらず、しっかりコミュニケーションをとることが大前提だからだ。

そうした時代のニーズに合わせて登場したのが「グロービッシュ」だ。フランス人のジャン=ポール・ネリエール氏が提唱している、非英語ネイティブのための簡便かつ実用的な英語である。実は、ネリエール氏は元IBM社員。1980年代にインターナショナル・マーケティング責任者だったネリエール氏は、米国人部下とともに日本IBMにやってきた。一方的に英語でまくしたてる米国人と、黙ったままの日本人のコミュニケーションがすれ違う一方で、フランス人のネリエール氏と日本人は円滑にコミュニケーションできた。そのことが、グロービッシュという概念を思いついたきっかけになったという。米国に帰国後、フランス人のネリエール氏は、部下の米国人に対してこのように語っている。

「君たちは、英語に長けていることがプラスであり、有利であると考えている。しかし実際はそうではない。それはハンディキャップなのだ。世界中で話されているこの言葉は、英語のように書かれ、英語のように聞こえ、英語のように感じられるかもしれないが、英語ではないのだ。私はそれに別の名前をつけて『グロービッシュ』と呼ぶことにする」(「グロービッシュ:非ネイティブ英語は主役となるか?」/「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」2012年10月号p.121より)。

IBMの経営層にいたネリエール氏が「グロービッシュ」の着想を得たとのほぼ同じ時期に、私が同じIBMの社内で非ネイティブ同士のコミュニケーションの円滑さを実感していたのは、偶然の一致ではない。全世界でビジネスを展開するIBMは、企業のグローバル化を30年近く前から先取りしていたのである。1989年にベルリンの壁が崩壊し東西冷戦が終了、1990年代半ば以降、インターネットが急速に普及して、コミュニケーションの距離的な制約はなくなった。世界の境界線はますます希薄になり、モノやおカネの自由化、人の交流の自由化も進んでいった。

グローバリゼーションの本質は、多様性である。その多様性をつなぐコミュニケーションツールが英語なのだ。この20年で、ビジネスで英語を使う非ネイティブの数が急増した。だから、求められる英語力のレベルはどんどん下がっている。30年前、英語を話す大多数はネイティブだった。だから日本人もネイティブ並みの英語力が求められ、私もネイティブレベルの高い英語力を目指して勉強した。しかし、現在は、仕事で英語を話す人の大多数は非ネイティブだ。今、必要なのは、ネイティブだけに受ける気の利いた言い回しではなく、非ネイティブでも理解できるわかりやすい英語だ。英語ができる側ができない側に合わせる必要が出てきたのだ。

ネイティブスピーカーも悩んでいる

英語ネイティブにもジレンマがある。ネリエール氏がいみじくも「ハンディキャップ」と呼んだように、どんな言い方をすれば非ネイティブにも理解しやすいのか、ネイティブにはわかりにくいのだ。ネイティブにとっては、自分たちが普段、当たり前のように使っている言い回しが通じるか、通じないかをいちいち考えなければいけないので効率が悪い。だが、その確認を怠って、後で伝わっていなかったことがわかると、自分の責任になりかねない。

英語の上級レベルで必要な単語数は5000語、ネイティブレベルでは1万5000語と言われている。これだけの数を習得するには長い年月が必要だ。一方、グロービッシュで必要な単語数は1500語。非ネイティブにとっては英語習得のハードルが下がってありがたいが、ネイティブにとっては使える単語の数が極端に限られるため、言い回しを工夫しなければいけない。もしかしたら、非ネイティブのほうが、コミュニケーション上、有利なのかもしれないのだ。最近、電話会議などで感じるのは、ネイティブたちがわかりやすい英語を話し、かつ参加者が理解したかどうかを、念入りにチェックするようになったということだ。これは25年前には考えられなかったことだ。

ネイティブたちも、「相手は自分の話す英語を理解できないかもしれない」ということを理解し始めている。通じなくて困るのは彼らなのだ。グローバル化が進み、米国人も英語に対する考え方を変えざるをえなくなってきた。

英語がコミュニケーションの障害になる時代は終わるか

さらに、テクノロジーの進化がこの流れを加速している。Google翻訳を使えば、未知の言語でもおおよその意味がわかる。私自身も、韓国語・中国語などで書かれた私の本のレビューを日本語に簡単に翻訳して楽しんでいる。将来的には、自動翻訳・通訳機能も出てくるだろう。英語がグローバルコミュニケーションの障害になる時代は、そう遠くない将来に終わるかもしれない。「かつて、会計で仕事をするには、まずソロバンを習得しようという時代があった」というのは、今ではただの笑い話だ。同じように、「かつて、グローバルで仕事をするには、まず英語を習得しようという時代があった」というのが、ただの笑い話になる時代がやってくるかもしれない。

英語は大事だ。しかし、会計の世界でソロバンがただのツールにすぎなかった(しかもその後、電卓、表計算ソフトなどに次々と置き換えられていった)のと同様に、英語もグローバルで仕事をするためのツールにすぎない。そして、必要な英語力のレベルは確実に下がってきている。このような時代だからこそ、グローバルコミュニケーションでは、ビジネス力そのものがますます重要になってくる。これが本連載で伝えたかったことだ。

『100円のコーラを1000円で売る方法3』の最後で、主人公の宮前久美が海外事業責任者に抜擢される。しかし、久美のTOEICの点数は悲惨だった。心配する仲間に、久美はこのように言い放つ。

「海外で仕事するのに、英語ができるかどうかなんて関係ないのよ。大事なのは、ハートよ。要は、海外でビジネスをやる気があるかどうか。やる気さえあれば、英語なんてどうにでもなるわ」(第3巻p.220)。

大事なのは、ハートだ。みなさんのご活躍を祈っている。